kidd(奈賀井 猫)のぺーじ
ゲーミング辻田さん
「吸血鬼すぐ死ぬ」二次創作、2022年
原稿に追われる漫画家・神在月シンジのもとに現れたアシスタントの辻田。今日の辻田はどういうわけか16777216色に光り輝いていた。
ゲーミング辻田さん
「ウワーッ! コースアウトした!」
「勝敗以前の問題だクソーッ!」
締め切り迫る丑三つ時、僕と辻田さんは古いゲーム機のカーレースで競っている。
僕と辻田さんはコントローラーを握りしめて呻く。僕は壁の時計を見ながら。辻田さんはフードの中から1680万色の光を放ちながら。
その夜、仕事場に現れた辻田さんは明らかにいつもと違っていた。フードというかマントというか、あの上着の中が虹色に光り輝いていたのだ。蛍光灯に白く照らされた室内でさえ、フードの中からあふれる光は煌々と眩しい。まるで最近のゲーム用ハイスペックPCのようだ。
「この街は……ポンチしかいないのか……?」
辻田さんはアシスタントの席にゆっくり近づいて、落っこちるように座った。
聞けば路地裏で吸血鬼に遭遇し、その「お前もゲーミング!」のかけ声と同時に闇夜を照らす存在になってしまったと言う。
「誰かとゲームで真剣勝負して負けるまで、16777216色に光り続けるらしい」
「いっせんろっぴゃくななじゅうななまん……何だって?」
「2の24乗だそうだ。計算しようとするな電卓をしまえカス」
話している間にも、辻田さんの姿は万を超える色に輝いている。そんな事情で、街のネオンやサイネージより目立つ姿となった辻田さんは僕のところに逃げ込んできたのだ。
僕としてはアシスタントの作業ができれば問題ない。いつも通りに原稿用紙を渡し、指示を出す。辻田さんは原稿用紙を受け取って作業机に向かい――。
「グォォァーッ! 原稿が白いから反射する!」
辻田さんが叫んだ。見れば本当に原稿用紙がカラフルな光を反射している。実のところ、僕も部屋の壁がぐるぐると色を変える様子が気になって来たところだ。これでは集中もクソもない。僕は立ち上がった。
「わかった、ゲームをしよう!」
辻田さんは自称・修行僧だ。その真偽はともかく、ゲームなんてほぼ知らない人なのは確かだ。僕にドラルクさんみたいな腕前がなくとも、簡単に負かすことが出来るだろう……。
僕は甘かった。サッカリンより甘かった。視界が1680万色に輝くことの影響を甘く見ていた。それ以上に、辻田さんの飲み込みの早さを甘く見ていた。
辻田さんは僕から操作を教わると、数回の試行錯誤でこれを完全に身につけた。素人らしさと言えば、曲がるときに身体が左右に動くことぐらいだ。
いっぽう僕はといえば、このゲームで遊ぶこと自体久しぶりだった。旧友の三木が訪れたときに軽く遊ぶくらいだ。その三木も、頻繁に来るような暇な男ではない。
結果から言えば、僕は何度トライしても辻田さんに勝てなかった。あげくの果てに集中力を切らし、凡ミスを頻発する始末だ。
テレビの前、僕の左隣に座った辻田さんは、室内でもっとも強い光を発していた。視界の端が眩しい。しかも色がどんどん変わる。テレビ画面が見づらい。目もショボショボしてきた。
「ウワーッ! コースアウトした!」
「勝敗以前の問題だクソーッ!」
辻田さんは1680万色に光りながら叫んだ。僕は頭を抱えた。辻田さんが上手すぎる。
「何か差を埋めるものがないと……」
タイトル画面のメニューが目に入った。エディットモード。僕はふと思い出す。三木と二人、泥酔テンションでエディットし、二人とも完走できなかったバカのコース。
バカのコースのセーブデータは残っていた。
「辻田さん、ちょっと難しいコースでやってみない?」
「勝てないのに難しくするのか?」
「僕と辻田さんの技術の差を埋めるものが必要だと思うんだよね」
僕はバカのコースをロードし、レースの準備をする。
カウントダウン……GO。
見通しの悪い上り坂に始まり、そのあとはヘアピン、直線でスピードが乗ったところにクランクのごときコーナーが続く。そこから段差のように波打つ下り坂。
辻田さんのクルマが急カーブを曲がって――曲がりきれずに止まる。そのあとを必死で着いていく僕のクルマは辻田さんのクルマに衝突する。
それはそれは酷い戦いだった。
辻田さんのクルマがクラッシュする。僕のクルマはその隙に追いつくが、同じ場所でやっぱりクラッシュする。2台揃って同じ場所からコースに復帰する。差が開いた途端にその差はリセットされるのだ。
「何だ、このコースは!」
辻田さんは苛立たしげだ。しらふで遊べるコースではないのだ。それを真剣にやろうとしているのだから、仕方がない。
しかし恐ろしいことに、辻田さんは周回を重ねるたびにクラッシュの回数を減らしていく。スピードを犠牲にしつつも、最も効率のよい曲がりかたでカーブに入る。僕もなんとかそれに追従する。
偏執狂的に繰り返す急カーブ。辻田さんの身体が左右にぶれる。フードがバサリと後ろに落ちて、1680万色の光が室内を満たす。
「眩しッ!」
僕は画面を見失う。直前に見た画面の記憶を頼りに、辻田さんをインから抜く。右へ曲がる。
「ここでインド人を右に!」
ここが最終コーナーの筈だ。あとはひたすらアクセルを吹かして真っ直ぐに! 辻田さんが僅かに遅れて右へ曲がる。身体が大きく右へ傾き、僕にぶつかった。
「あっ」
手元が狂って僕のクルマが左へ曲がる。しまった! いや、クラッシュの効果音がしない。
思い出した。最後にもう一回、左カーブがあった。僕はそのままの勢いで記憶の中のゴールへ突っ込んでいく。
「勝ったッ!」
僕はコントローラーを放り出し、1680万色の光の中で雄叫びを上げて仰向けに倒れた。
すぐ左隣で、辻田さんの影が同じように倒れるのが見えた。
「……ひどいコースだ」
「酔っぱらいが作ったからねえ」
僕と辻田さんは床の上で仰向けに並んで倒れていた。バカのコースを完走した僕らには、心地よい疲労感だけが残っていた。
「辻田さん、光るの、治ったんじゃない?」
「あ? ああ、本当だ、治った」
室内の明かりは蛍光灯の白い光だけになっていた。
「いやー良かった。ひと安心だね」
「あんなのじゃおちおち路地裏を歩いても居られないからな……」
僕と辻田さんは声を合わせて笑った。
窓のほうで物音がした。
「なんや君ら、えらい楽しそうやないの」
僕らの頭のすぐそばに、コピシュを持ったクワバラさんが立っていた。
このあと、僕と辻田さんはオータム書店の特別執筆室で命懸けのタイムアタック・ゲームに挑むことになった。だが、それはまた別のお話である。
<終>